電車が便利な日本でなぜ車を買うのか 中古車データから暮らしを考えた
日本の中古車データを集めていると、同じような疑問が何度も浮かんできた。電車やバスがこれほど発達しているのに、なぜ多くの家庭は車を持つのだろう。東京や大阪の中心部なら、駅の近くに住めば通勤も買い物も電車で済む。車を持つと、駐車場代、税金、保険、車検まで増える。それでも中古車が生活の選択肢として残り続ける理由は、単なる移動距離では説明しきれない。 私がデータを見るときは、車種や年式だけでなく、どんな地域で、どんな暮らしに使われているのかを想像する。走行距離が少ない車でも、週末の買い物や子どもの送迎に毎日役立っているかもしれない。逆に、年式が古くても、家族の生活時間を支えるために手放せない車もある。今回は、公共交通機関がある日本で車が選ばれる理由を、私の生活感覚と中古車データの見方から整理してみたい。 都市の中心と郊外では「便利」の意味が違う 都心では、駅の数と運行本数が便利さを作っている。職場まで電車で行けて、帰りに駅ビルで買い物をする。病院や学校も駅の近くに集まっている。こうした場所なら、車を持たない方が毎月の支出を抑えやすい場合もあるし、駐車場を探す手間もない。 一方、郊外では、施設が広い範囲に分散している。最寄り駅からスーパーまで歩いて20分、病院は隣の市、子どもの習い事は駅とは反対方向ということもある。電車に乗れるかどうかではなく、駅から目的地までの最後の距離が問題になる。バスが一時間に数本しかない地域では、予定を一本逃すだけで一日の流れが変わってしまう。 私が「車が必要」と感じるのは、この最後の距離が重なるときだ。通勤は電車、買い物は車、という使い分けが普通に成立する。公共交通があることと、家族の用事を公共交通だけで無理なくつなげることは、同じではない。 子どもがいると車の価値が変わる 子どもが一人なら、送り迎えはまだ工夫できるかもしれない。二人、三人となると、学校、保育園、病院、習い事の時間が重なってくる。雨の日に荷物を持って歩くこと、発熱した子どもを連れて乗り換えること、帰りにスーパーへ寄ることを一つずつ考えると、車の便利さが具体的に見えてくる。 車があると、移動中に子どもが眠ってしまっても、そのまま帰れる。ベビーカー、着替え、部活動の道具、まとめ買いした食品も載せられる。これは「車が好きだから」という話ではなく、家族の荷物と時間を一度に扱える...