Cursor は新人エンジニアより速くコードを書き、GPT-5.5 は機能単位で完成したモジュールを生成する。 そんな時代に、「わざわざプログラミングを学ぶ必要があるのか?」という疑問を持つ人は、日本でも急速に増えています。 特に大学の情報系学部では、こんな光景が珍しくなくなりました。 授業で教授がソートアルゴリズムを説明している横で、学生は AI に「バブルソートを書いて」と入力する。数秒後には、コメント付き・テスト付きのコードが完成する。 すると自然に、こんな疑問が浮かびます。 「4年間かけて学ぶ意味って、本当にあるの?」 AIはすでに“コードを書く”能力を持っている 現実として、AI の進化は非常に速いです。 CRUD 開発、API 実装、データ処理、アルゴリズム問題など、多くの定型作業は AI が短時間で生成できます。 エラー解析やコードレビューも得意で、初心者にとっては 24 時間対応のメンターのような存在です。 さらに最近では、単なるコード生成だけではなく、システム設計やアーキテクチャ提案まで行うようになりました。 つまり、「コードを書く作業」そのものの価値は、確実に変化しています。 それでも、プログラミング教育の価値は消えない ただし、ここで重要なのは、 「プログラミングを学ぶ=コードを書くこと」 ではない、という点です。 日本のIT業界では、特にこの違いが重要になります。 AI が代替しやすいのは、文法やテンプレート作業です。 しかし、 問題を分解する力 システム全体を理解する力 要件を整理する力 AI の出力を検証する力 こうした能力は、依然として人間側に求められます。 特に日本企業では、単純な実装力よりも、 チーム開発 保守運用 要件調整 品質管理 安定性 が非常に重視されます。 AI がコードを書けても、「そのコードを本番運用できるか」を判断するのは、まだ人間です。 極端な考え方は危険 最近よく見るのが、次の二つの極端な意見です。 「AIが全部やるから、もう勉強不要」 これは危険です。 プログラミングを知らなければ、AI が出したコードの品質を判断できません。 AI は便利ですが、時々かなり自信満々に間違えます。 特にセキュリティ、性能、設計の問題は、知識がないと見抜けません。 「全部手書きできないと意味がない」 逆にこれも現実的で...